大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)14050号 判決

原告

甲野太郎

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

川口和子

右訴訟復代理人弁護士

荒木昭彦

被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

伊東顕

外一名

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

大嶋崇之

外三名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

被告らは連帯して、原告ら各自に対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれに対する平成六年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求原因

1  当事者

原告らは、現在朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という)平壌市に在住している「日本の自主と団結のために!」の会(代表山田一郎)会員である日本航空機よど号ハイジャック事件(以下「よど号事件」という)の被疑者ら及びその妻A、B、C、D、E(以下「Aら五名」という)の日本国内への帰国運動に共鳴している者らである。Aは北朝鮮に在住しているよど号事件被疑者の一人であるFと事実上の婚姻関係にあり、生活を共にしている。

2  本件捜索差押えの経緯

(一) 当時警視庁公安部公安第一課(以下「公安一課」という)警部加藤和雄は、平成五年五月二一日、東京簡易裁判所に対し、Aが日本国政府発行の同人名義のパスポートの返納命令に従わなかったという別紙一記載の旅券法違反の事実を被疑事実とし、差し押さえるべき物を別紙二記載のとおりとし、捜索すべき場所をそれぞれ判決冒頭記載の原告甲野太郎方居宅、原告乙川次郎方居宅並びに原告丙山三郎方居宅及び付属建物とする各捜索差押許可状を請求した。右請求を受けた東京簡易裁判所裁判官は、同日右の趣旨の各捜索差押許可状を発付した(以下「本件各令状」という)。

(二) 公安一課警部補佐藤司郎は、平成五年五月二二日、原告甲野方居室を捜索し、別紙三記載の各物件を差し押さえた。

同課警部補長岡素二は、同日、原告乙川方居室を捜索し、別紙四記載の各物件を差し押さえた。

同課警部補藤原政房は、同日、原告丙山方居室を捜索し、別紙五記載の各物件を差し押さえた。

3  本件各令状請求の違憲、違法性

(一) 憲法三五条は、正当な理由に基づいて発せられ、かつ捜索場所並びに差押目的物を明示した令状なくしては、住居等の捜索差押えをすることができないものとしている。正当な理由とは、犯罪の相当な嫌疑、捜索場所及び差押目的物と被疑事実との関連性、捜索差押えの必要性が存在することである。また、刑事訴訟法二二二条によって準用される同法一〇二条二項は、被疑者以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができるとしている。

(二) 本件各令状で被疑事実とされているのは、Aの旅券法違反の事実であり、本件被疑事実の被疑者ではない原告ら方居宅と被疑事実の間には何ら関連性がない。したがって、原告ら方居宅に証拠物の存在する蓋然性はほとんどない。

また、本件被疑事実について言えば、Aは日本国と国交のない北朝鮮に存在する身で、旅券の返納方法がわからなかっただけであり、返納命令を拒絶する意思はなかったものである。右事実は外務省担当者も知っており、当初はAの処罰を求める意向はなかった。しかし、原告らがAらの帰国運動に共鳴していることから、右運動に共鳴している者ら、北朝鮮在住のよど号事件被疑者グループ及び同グループの各メンバーと事実上の婚姻関係にあるAら五名の日本人女性の近況、動静に関する情報を収集する公安警備目的の捜索差押えの根拠とするために、あえて立件されたものである。したがって、犯罪捜査上の捜索差押えの必要性は存在しない。

本件担当司法警察員加藤は右の点を熟知しながら、あるいは重大な過失によりこれを知らずに、本件各令状を請求した。したがって、本件各令状請求は違憲かつ違法である。

4  本件各令状発付の違憲、違法性

(一) 本件各令状請求を受けた東京簡易裁判所裁判官は、犯罪の相当な嫌疑の存在、捜索場所及び差押目的物と被疑事実との関連性、捜索差押えの必要性の存在並びに原告ら方に証拠物の存在する蓋然性の各要件を慎重に吟味する義務があったのに、故意又は重大な過失によりこれを怠り、いずれの要件も欠如していたにもかかわらず、単なる公安警備目的での捜索差押えのために本件各令状を発付した。したがって、本件各令状発付は違憲かつ違法である。

(二) 国家賠償法の制定過程からすれば、裁判官の職務行為について国家賠償法一条の適用を制限することは許されないというべきである。また、被告国主張の後記最高裁判決は、争訟の裁判について判断されたものであるから令状発付行為には妥当しない。したがって、本件各令状発付行為については、他の公務員と同様の要件で国家賠償法上の違法性が認められるべきである。

5  本件各捜索の違憲、違法性

違法な本件各令状発付を受けた各司法警察員は、本件捜索が主として公安警備目的のものであって、犯罪の相当な嫌疑の存在しないこと、捜索場所及び差押目的物と当該事件との関連性のないこと、捜索差押えの必要性の存在しないこと並びに原告ら方に証拠物の存在する蓋然性が極めて低いことを熟知しながら、あるいは重大な過失によりこれを知らずに、原告ら方居宅において、本件各令状を執行して各捜索を行った。したがって、本件各捜索は違憲かつ違法である。

6  本件各差押えの違憲、違法性

(一) 被疑事実との関連性

憲法三五条の趣旨及び刑事訴訟法九九条が差押物を限定列挙していることにかんがみれば、被疑事実と差押目的物との間に求められる関連性は、抽象的な関連性では足りず、証拠物又は没収すべき物と思料される物であるという程度に密接な関連性でなければならない。

本件各捜索差押えの被疑事実は、Aの旅券法違反であるが、本件各捜索差押えで押収されているのは政治団体の機関紙及び機関誌(パンフレットを含む)、私信(ファックス文書を含む)並びに写真(以下「本件押収品群」という)である。本件押収品群が本件被疑事実の犯行道具に使用されることは考えられず、本件押収品群の中に本件被疑事実に関する記述があるわけでもなく、本件押収品群を押収することが本件被疑事実の被疑者の所在や事案の解明に資するというわけでもない。したがって、本件押収品群が本件被疑事実に関して、証拠物又は没収すべき物と思料するものであるというほどの関連性があるとは認められない。

(二) 差押えの必要性

最高裁第三小法廷昭和四四年三月一八日決定(刑集二三巻三号一五三頁)によれば、犯罪の態様、軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠滅毀損されるおそれの有無、差押えによって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし、明らかに差押えの必要がないと認められるときにまで差押えを是認しなければならない理由はない。

本件押収品群のうち、政治団体の機関紙及び機関誌に証拠としての価値、重要性がないことは前項に述べた通りである。また、右各押収品はその性質上やや発行部数が少ないとはいえ公刊物であって、それぞれの発行団体に購読を申し込むことによって誰もが同種の冊子を入手することが可能であり、原告らが右各押収品を廃棄する可能性はほとんどない。

また、本件被疑事実であるAの旅券法違反は、前記3(二)記載のように、一個の被疑事件として立件し捜査、処罰を求める必要性が存在しないのに、公安警備目的の捜索差押えの根拠とするためにあえて立件された軽微かつ形式的なものである。

以上の点を総合考慮すれば前記最高裁判決の基準に照らしても、本件各差押えにはその必要性が認められない。

7  被告らの責任

前記3、5、6記載の各行為はいずれも東京都地方公務員たる警視庁警察官が、前記4記載の行為は国家公務員たる裁判官が、その職務を行うにつき行ったものであるから、被告東京都及び同国は国家賠償法一条一項の責任を負う。

8  損害

原告らは不意打ち的に居宅に踏み込まれ、身に覚えのない理由で私物を運び去られたことにより、住居の平穏、プライバシー権、名誉権を著しく侵害され、多大な精神的苦痛を被った。原告らの右精神的損害は各一〇〇万円を下らない。

9  結論

よって、原告らはそれぞれ、被告らに対し、不法行為による損害賠償として、連帯して一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年三月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告国)

請求原因1の事実は知らない。同2(一)の事実は認める。同2(二)の事実は知らない。同3(一)の事実は認める。同3(二)の事実は知らない。同4の事実は否認する。同5及び同6の事実は知らない。同7及び同8の事実は否認する。

(被告東京都)

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 同3(一)は認める。同3(二)のうち、本件捜索差押えの被疑事実がAの旅券法違反の事実であること、原告らが本件被疑事実の被疑者ではないこと、よど号事件犯人グループが北朝鮮に在住していること、Aら五名の日本人女性が、同グループの各メンバーと事実上の婚姻関係にあることは認めるが、その余は否認する。

3 同4の事実は認否しない。

4 同5のうち、本件各令状発付を受けた司法警察員らが、原告ら方居宅において本件各令状を執行して各捜索をしたことは認めるが、その余は否認する。

5 同6(一)及び(二)のうち、押収品の中に機関紙、機関誌、パンフレット、ファックス文書を含んだ私信及び写真があったことは認める。機関紙及び機関誌の発行先が政治団体であることは知らない。その余は否認する。

5 請求原因7の事実は否認する。

6 請求原因8の事実は知らない。

三  被告らの主張

(被告国)

裁判官のした裁判について国家賠償法一条一項の国家賠償責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当の目的をもって裁判したなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認められるような特別の事情があることを必要とする(最高裁判所第二小法廷昭和五七年三月一二日判決・民集三六巻三号三二九頁)のであり、裁判官の令状発付行為についても同様に解すべきである。本件の場合、右瑕疵も特別の事情も存在せず、国家賠償責任が認められる要件を欠く。

(被告東京都)

1 被疑事実について

公安一課では、①Aら五名が、北朝鮮情報機関員でかつ北朝鮮労働党連絡部の欧州地区担当幹部である△△と接触し、その支配下にあって情報活動を行っており、このことはAらの帰国を支援する運動に関わっている人物も認めていること、②Aら五名が当時渡航制限地域となっている北朝鮮に不法に入国し、よど号事件犯人山田らと結婚していること、③Aら五名及び同人らと行動を共にしているGらの一般旅券をもとにして、よど号事件犯人Hや日本赤軍のメンバーIらが使用した偽造旅券が作成されたと認められることなどから、本件被疑事件にはよど号事件犯人らはもとより、日本赤軍並びに北朝鮮の諜報機関が深く関与している可能性が極めて高く、捜査によって本件被疑事件の組織性、計画性、共犯関係、背後関係などを含んだ事実の全貌を明らかにする必要を認めた。

2 原告らと被疑事実の関連性

公安一課で本件被疑事件を捜査した結果、原告らについて次の事実が判明した。

(一) 原告甲野について

(1) 平成三年一二月一五日のよど号事件犯人やAら五名の帰国運動を展開している「『よど号』山田一郎さんらの人道上の帰国を日本政府に要求し実現する会」(以下「人道帰国の会」という)の発足集会、第二回総会、平成四年三月一五日の「関西・人道帰国の会」の結成集会、第二回総会に参加しており、「関西・人道帰国の会」の代表の一人になっている。

(2) 平成五年五月二日から三日間開催されたよど号事件犯人らが発行している国内向け機関誌「自主と団結」の交流会などに参加している。

(3) 平成四年に二回東京拘置所に赴き、同所に在監中のよど号事件犯人で北朝鮮から偽造旅券で帰国、潜伏していたところを逮捕されたJに面会している。

(4) 昭和六三年四月一二日、日本赤軍のKがアメリカ合衆国ニュージャージー州で爆発物の所持容疑で逮捕された際、甲野太郎名義の旅券と国際免許証を所持していた。

(5) 昭和六二年一二月八日、日本赤軍の国内支援組織づくりのために開催されたとみられる「今なぜ?反帝か?なぜ民主か?一二・八反帝民主集会」に参加している。

(二) 原告乙川について

(1) 「人道帰国の会・関西準備会」、「人道帰国の会」発足集会、「関西・人道帰国の会」結集集会、第二回総会などに参加しており、「関西・人道帰国の会」の代表の一人になっている。

(2) 平成二年一一月四日、Jを支援するために組織された「Jさんを支える会」が開催した「一一・四L、M講演集会」に参加している。平成四年一二月九日、Jの控訴審判決公判を傍聴し、その後「Jさんを支える会」の会合に参加している。

(3) 平成三年八月一二日、よど号事件犯人らの支援活動を行っているOらと北京経由で北朝鮮に入国し、よど号事件犯人及びAら五名と面会した。

(三) 原告丙山について

(1) 「人道帰国の会」発足集会に呼びかけ人の一人として参加しており、「関西・人道帰国の会」結成集会、第二回総会などに参加している。

「関西・人道帰国の会」結集集会の開催案内の問い合わせ先が原告甲野になっている。

(2) 昭和四五年六月九日、よど号事件の共犯者として強盗致傷、国外移送略取、監禁等の容疑で逮捕されているが、不起訴になった。

(3) 昭和六〇年一〇月一六日、よど号事件犯人の一人で北朝鮮で死去したPの遺骨を同人の実母と共に受領している。

(4) 平成二年八月二八日、元共産同赤軍派議長訴外Lらと共によど号事件犯人らに面接するために北京経由で北朝鮮に渡航した。

公安一課では右事実を総合的に勘案し、原告らがよど号事件犯人及びAら五名の帰国を支援する運動の中心的役割を担っている人物であり、本件被疑事件とも密接な関係を有するものであると認めた。

3 押収物存在の蓋然性及び捜索の必要性

公安一課では、本件被疑事件にはよど号事件犯人らはもとより、日本赤軍並びに北朝鮮の諜報機関が深く関与している可能性が高く、捜査によって、本件被疑事件の組織性、計画性、共犯関係、背後関係などを含めた事実の全貌を明らかにする必要があり、また原告らとよど号事件犯人らの関係、原告らとAら五名との関係を考慮すると、原告ら宅には、本件被疑事件の組織性、計画性、共犯関係、背後関係などを明らかにする証拠資料が存在する蓋然性が高いと認めた。そして、本件被疑事件の特殊性などを考慮すれば、原告らが事件に関係する証拠資料を任意に提出することは到底期待し得ず、原告ら宅に存在する証拠を収集するためには強制捜査の手段たる捜索差押えによらなければならないものと判断した。

以上のとおり、本件被疑事件に関し、原告ら宅には証拠物として差し押さえるべきものの存在を認めるに足りる状況があり、捜索差押えの必要性があると判断した。

また、押収物はいずれも本件被疑事件の組織性、計画性、共犯関係、背後関係など事実の全貌を明かにするために必要な証拠物と思料した物である。各押収物が別紙一の差し押さえるべき物各号に該当することは別紙三ないし五記載のとおりである。

第三  当裁判所の判断

一  本件各令状請求について

1  適法性の要件

憲法三五条は、捜索差押えは、権限を有する司法官憲が正当な理由に基づいて発する捜索場所及び押収物を明示する各別の令状によって行うことを定めている。これを受けて、刑事訴訟法二一八条は、犯罪の捜査をする必要があるときは捜査機関が令状による捜索差押えをすることを認めている。したがって、捜索差押えの要件は、犯罪捜査の前提としての犯罪の嫌疑の存在と捜索差押えの必要性である。さらに、同法二二二条一項、一〇二条によれば、被疑者以外の者の住居その他の場所の捜索差押えについては、押収すべき物が存在を認めるに足りる状況にあること、すなわち、差し押さえるべき物が存在する蓋然性があることが要件となる。そして、司法警察員による捜索差押えの要件を満たすとの判断が、令状請求時までに通常要求される捜査によって収集した資料に基づき、合理的かつ相当であると評価できる場合には、当該令状請求が違法となることはないと解される。

2  犯罪の嫌疑の存在

Aが、昭和六二年九月一日に日本国外務大臣から一般旅券(ME九五七一九六二号)の交付を受けていたこと、昭和六三年八月六日官報第一八四三七号をもって、外務大臣が当該一般旅券を返納するよう通知したにもかかわらず、返納期限である同年八月三一日を過ぎても、当該一般旅券をあらかじめ指定された最寄りの在外公館又は外務大臣に返納しなかったことは争いがない。

原告らは、Aは返還の方法が分からなかっただけであり、返納する意思は有していたと主張し、甲第二三号証の一、第二七号証にはその旨記載され、原告甲野もこれに沿う供述をする。

しかし、丙第三号証、第七号証の一及び弁論の全趣旨によれば、Aが当時は渡航制限地域であった北朝鮮に渡航したことがあること、北朝鮮においてよど号事件被疑者の事実上の妻となっていたこと、返納命令の理由が、Aが欧州において北朝鮮の情報機関関係者と接触するなど、日本国の利益又は公安を著しく害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者に該当するという理由であること、Aと同時期に同じ理由で返納命令を受け、Aと行動を共にし、よど号事件被疑者の事実上の妻となっているEら四名もいずれも旅券を返納していないこと、本件令状請求時までにこれらの事実を裏付ける資料が存在したことが認められる。また、甲第二七号証、丙第一、第三号証、第八号証の一によれば、Eは外務大臣に対し書簡を送付し、右返納命令を拒否する意思表示をしていることが認められ、さらに、甲第三号証には「旅券の返納命令撤回をめざすピョンヤンにいる女たちより」として「この旅券返納命令の不当性については(中略)徹底的に闘っていくつもりです」との文章が記載されており、弁論の全趣旨によれば右「ピョンヤンにいる女たち」とはAら五名であると考えられる。

これらの事実からすれば、Aが旅券を返納しなかった理由は旅券返納の方法が分からなかったためであるとする前記証拠は信用し難いのであり、右認定事実によれば、司法警察員による本件被疑事実の嫌疑が存在するとの判断は、合理的かつ相当であったと評価することができる。

3  捜索差押えの必要性

証拠によれば前項の事実に加え、次の事実が認められる。

公安一課では平成四年一〇月二三日、外務省から旅券返納命令の根拠を疎明する資料の提供を受け、Aら五名が情報機関員である北朝鮮労働党連絡部欧州地区担当幹部の△△と昭和五六年一一月から同五八年一月にかけて海外で接触するなど、その支配下で情報収集活動を行っている可能性が極めて高いこと、Aら五名と行動を共にしている人物らの一般旅券をベースに作られたと見られる偽造旅券をよど号事件の被疑者であるHや、日本赤軍のメンバーIらが使用していたこと等の事実を確認していた(丙第二号証の二、第三号証)。

また、よど号事件の被疑者の一人で北朝鮮から日本人のパスポートをもとにした偽造旅券を使用して帰国、潜伏していたJは、昭和六三年日本国内で逮捕され、有罪の判決を受けている(丙第七号証の一、証人加藤和雄の証言、証人佐藤司郎の証言)。さらに令状請求後のことではあるが、よど号事件の被疑者であるQが平成八年三月二五日タイ当局に身柄を拘束された際、偽米ドル札と複数の偽造パスポートを所持しており、北朝鮮の外交官も同行していた(丙第四号証)。

以上の事実によれば、司法警察員が、本件被疑事実の背後に北朝鮮の諜報機関員、よど号事件被疑者、日本赤軍メンバーらが深く関与していると判断し、本件被疑事実の組織性、計画性、共犯関係、背後関係等真相を明らかにするための捜査をする必要があるとした判断は、合理的かつ相当であったと評価できる。

原告らは、本件被疑事件は立件し、捜査ないし処罰を求める必要性が存しない軽微な犯罪であるのに、公安警備目的の捜索差押えの根拠とするためにあえて立件されたものであると主張するが、本件被疑事実は三年以下の懲役又は三〇万円以下の罰金が科せられる犯罪であり、また、以上の各事実にかんがみれば、本件被疑事実は単に旅券を返納しなかったに止まらず、組織的な旅券偽造等の疑いも生じており、捜査、処罰の必要のない軽微な事件とは言い難い。

加えて、右のような本件被疑事実から推測される背景及び後述する原告らとAらとの関係から、任意の証拠提出は期待できず、証拠隠滅のおそれがあるとした司法警察員の判断も、合理的かつ相当であったといえる。また、被疑者であるAは北朝鮮に居住していることから右被疑事実の解明のために日本国内において証拠資料を収集するため捜索差押えをすることには合理性があったといえる。したがって、捜索差押えの必要性があったものと認められる。

4  押収すべき物の存在を認めるに足りる状況

証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) よど号事件の被疑者やAら五名とその子供達の帰国を実現させる運動を展開している団体「よど号・人道帰国の会」と称する団体があり、平成三年一二月一五日に結成されているが、原告らはいずれも結成当初から、同会の中心メンバーとして活動している。人道帰国の会へはAがメッセージを寄せている(甲第二ないし四号証、第二三号証の一、丙第三号証、証人加藤の証言)。

(二) 原告甲野は、前項の活動のほか、平成五年五月二日から三日間にわたり開催された、よど号事件被疑者らが北朝鮮で組織している「日本の自主と団結のための会」が発行している機関紙「自主と団結」の国内の支援者らが集まった交流会や、昭和六二年一二月八日、京大楽友会館で日本赤軍の国内支援組織づくりのために開催されたとみられる「今なぜ反帝か?民主か?一二・八反帝民主集会」に参加している。

また、昭和六三年四月一二日、日本赤軍のKが爆発物所持容疑でアメリカのニュージャージー州で逮捕された際、甲野太郎名義の旅券と国際運転免許証を所持していた(甲第一号証、証人加藤の証言)。

(三) 原告乙川は、人道帰国の会の活動のほか、前述のよど号事件被疑者の一人Jを支援する「Jさんを支える会」の集会、会合等に参加している(丙第一号証、証人加藤の証言)。

また、平成三年八月一二日、北京を経由して北朝鮮に入国、よど号事件被疑者らと面会した(丙第三、第一六号証)。

(四) 原告丙山は、昭和四五年六月九日よど号事件に関与したとして、強盗致傷、国外移送略取、監禁等の容疑で逮捕された。ただし、不起訴となっている。また、昭和六〇年一〇月一六日、北朝鮮で死去したよど号事件被疑者の一人Pの遺骨が大阪空港に送られてきた際、原告丙山はPの実母と遺骨を受領した。平成二年八月二八日には原告丙山は、本共産同赤軍派議長Lらとともに、北京に出国、その後よど号事件被疑者らと面接するために北朝鮮入りしたと見られる。

「関西・人道帰国の会」発足集会の案内記事が毎日新聞大阪版に掲載されたときは、連絡先として原告丙山の名前と自宅の電話番号が掲載されていた(証人加藤の証言)ので、「関西・人道帰国の会」の中心的役割を果たしていたと考えられる。

以上の事実によれば、原告ら三名がAら五名及びよど号事件被疑者らと何らかの関係があり、Aの被疑事件の動機、背景、組織性等を解明するのに必要なAらの声明、手紙、メモ等、別紙の差し押さえるべき物が原告ら三名方居宅に存在する蓋然性が高いとした司法警察員の判断は、合理的かつ相当であったといえる。

原告らはAの名前を知らなかったと主張するが、平成四年の夏か秋にはよど号事件被疑者らの妻の存在は知っていたのであり(原告乙川本人尋問の結果)、妻らの名前を知らないからといって原告らとAらが無関係であると言うことはできない。また、Aの旅券返納命令違反事件についても知らなかったとの原告乙川の供述は、右事件について記載がある甲第二ないし第四号証を原告乙川が一員となっている「関西・人道帰国の会」事務局が作成していることから、信用できない。さらに原告らは、「関西・人道帰国の会」が本件被疑事件より後に発足したことから、原告らは本件被疑事件と無関係であると主張するが、原告らが本件被疑事件に直接関与していないとしてもそのことから原告ら宅に押収すべきものが存在しないということにはならない。

5 以上より、本件各令状請求時までに通常要求される捜査によって収集した資料に基づき、犯罪の嫌疑、捜索差押えの必要性、原告らの居宅に差押物の存在する蓋然性がいずれもあるとした司法警察員の判断は、合理的かつ相当であると評価できる。したがって、本件各令状請求を違法であるということはできない。

二  本件各令状発付について

前記一2ないし4で検討したところによれば、本件各令状を発付するにあたっては、前記一1記載の捜索差押えの要件が満たされていたものと認められるから、裁判官による本件各令状の発付が違法であるということはできない。

三  本件各捜索について

原告らが主張する本件各捜索の違法は、本件各令状請求及び各令状発付が違法であることを前提とするものであるが、前記一、二記載のとおり、右前提事実が認められない以上、これを行使した本件各捜索が違法であるということはできない。

四  本件各差押えについて

1  被疑事実との関連性

(一) 別紙三記載の各押収物について

原告甲野宅から押収された各押収物はいずれも「関西・人道帰国の会」が発行する機関紙「飛翔」(証人佐藤の証言及び原告乙川本人尋問の結果)である。

その機関紙の内容を検討すると、甲第二号証には、よど号事件被疑者やその家族らからと見られる「ピョンヤンからのメッセージ」、Jへのカンパ要請、追記に「私たちは山田さんらの家族、とりわけ彼らの妻に対して日本政府より出されている旅券返納命令を取り消すように求めてゆく」との記載がある。甲第三号証には、Aら五名と見られる「旅券の返納命令撤回をめざすピョンヤンにいる女たちより」とのメッセージが掲載されている。甲第四号証には、「ピョンヤンからのメッセージ」として、「女性達の旅券返納命令撤回運動は積極的に、広範に繰り広げていく」等の記載がある。

このような押収物の内容にかんがみれば、甲野宅の捜索をした司法警察員が、これらの機関紙をAが北朝鮮に渡った事実、本件被疑事実の動機、故意、背後関係等を示し、被疑事実の真相を明らかにする証拠資料となり得るとした判断は、合理的かつ相当であったというべきである。

(二) 別紙四記載の各押収物について

原告乙川宅から押収された各押収物の内容を、証人長岡の証言及び原告乙川本人尋問の結果から検討する。

パンフレット「お元気ですか」(甲第五、第六、第七号証)は、よど号事件被疑者及びその妻らによって構成される「日本の自主と団結のために!」の会が発行する機関誌であり、その中には右会の事務所、連絡先の記載がある。パンフレット「SON―KEN」(甲第八、第九号証)は、人道帰国の会の代表的役割を果たしている人物が中心となっている「尊憲」という団体が発行する機関紙であり、右団体が主催する学習会、集会の案内、連絡先等の記載がある。

機関紙「飛翔」第六号(甲第一〇号証)には、訪朝希望者募集の案内及びJの裁判に関する記事が掲載されている。「日本の自主と団結のために!」の会が原告乙川宛に北朝鮮から送ってきた郵便物の封筒(甲第一一号証)の宛て先にはシールに原告乙川の住所、氏名が印字された物が貼付されており、原告乙川と「日本の自主と団結のために!」の会との交信が数回にわたって行われているとの推測が働く。R名義の封書(甲第一二号証)からは、よど号事件被疑者Sの実母が、関西・人道帰国の会に金員を払い込んだ事実がわかる。写真八葉(甲第一三号証)には、原告乙川本人が写っており(ただし、長岡がよど号事件被疑者山田も写っていると考えたのは誤りであった)、撮影場所は北朝鮮で、男女のグループで写っていたことから、Aら五名も写っているのではないかとの嫌疑を抱いたことも不合理とはいえない。無記名の出入国カード(甲第一四号証)は、当時渡航制限区域であった北朝鮮における出入国手続の際に使用されるカードと考えられる。乙川名義の手荷物等申告書(甲第一五号証)は、当時北朝鮮に渡航するには、中国の北京経由でなければ入国できなかったことから、原告乙川がよど号事件被疑者ら及びその妻たちに会いに北朝鮮に渡航したときのものであると推測できる。

以上の事実から、右各押収物は、Aらが原告乙川と連絡を取り組織的な活動をしていることや、これらの活動が偽造旅券で帰国したJとも関係があることを推測させるものといえ、乙川宅の捜索をした司法警察員が、これをもって本件被疑事実の背後関係、組織性を裏付ける証拠資料となり得るとした判断は、合理的かつ相当であったと認められる。

(三) 別紙五記載の各押収物について

原告丙山宅から押収された物の内容は次のとおりである。

甲第一六、第一七号証の写真には、北朝鮮に渡航したよど号事件被疑者である山田やS、H、原告丙山が写っている。

パンフレット「お元気ですか」(甲第一八号証)には、旅券返納命令に関するAらの声明、アピールが記載されている。機関誌「自主と団結」5(甲第一九号証)には、よど号事件被疑者らが「日本の自主と団結のために!」の会を発足させた経緯などが記載されている。ファックス通信(甲第二〇号証)には、「彼女たちは私たちの帰国のために、また経済活動のために日本で活動したり、日本を出入りしていました。(中略)日本の公安はこのことを察知し、私たちの一部の女性達のパスポートが使えないように返納命令をだすようにしました。」等の記載がある。甲第二二号証には、「公安は女性達のことを察知し一部の人にパスポート返納命令を出し、パスポートを奪ってしまいました」「日朝交渉が一定程度進展し、国交がいずれ確立するという展望のもとで、女性に対する不当な弾圧と闘い、自由往来を獲得する闘いを開始する時期がきたと考えたからです」等の記載がある。

手紙文(甲第二一号証)は、よど号事件被疑者Fから原告乙川に宛てた手紙であり、「関西ではむしろ事務局の皆さんの努力によって事務局を中心にした体制がかたまったと思います。その力で今後愛知、滋賀などで支部を作るのに力になってくれればと思っています」「今後の人道帰国運動ですが、関西関係では、当事者である男ではU、F、女性ではE、Fの妹がいます」等の記載がある。

以上の事実からすれば、右各押収物はそれぞれ旅券返納命令に対するAらのアピール、よど号事件被疑者らと原告らが連絡を取っている事実、日本においてよど号事件被疑者らを支援する組織拡大を目指している事実が示されており、丙山宅の捜索をした司法警察員が、右各押収物をもっていずれもAらが北朝鮮に渡った事実、本件被疑事実の動機、背後関係、組織性等を裏付ける証拠資料となるとした判断は、合理的かつ相当であったといえる。

2  差押えの必要性

被疑事実と押収物の関連性が認められるとしても、犯罪の態様、軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠滅毀損されるおそれの有無、差押えによって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし明らかに差押えの必要がないと認められるときには、その差押えは不適法となり得る(最高裁判所昭和四四年三月一八日第三小法廷決定(刑集第二三巻第三号一五三頁)。

そこで、本件各差押えを検討すると、本件被疑事実はその動機、目的、背後関係によっては組織的な旅券偽造にも繋がり得る重大性を持つこと、本件各押収物はいずれも右動機、目的、背後関係、組織性を裏付ける証拠資料となる可能性があり得ること、押収品群の一部は公刊物であると原告らは主張するが、発行部数は少なくその存在も広く知られているとはいえず、入手の仕方もわかりにくく、一般書店で容易に手に入れられるとは言い難いこと、原告らと被疑者らとの関係にかんがみれば任意提出は期待できず、ファックス通信等は廃棄の可能性もあること、押収品群は生活必需品でもなく、平成五年一二月九日にはすべて還付されており、差押えによって受けた原告らの不利益も大きいとは言えないこと、甲第二四ないし第二六号証及び原告乙川本人尋問の結果によっても、捜索差押えの際に何らかの違法行為が行われた事実も認められないこと等から、明らかに差押えの必要がないとまでは認められない。

五  結論

以上のとおり、本件各令状請求、令状発付、捜索差押えのいずれの手続にも国家賠償法一条一項に該当する違法性は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告らに対する請求はいずれも理由がない。よって、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園尾隆司 裁判官永井秀明 裁判官瀬戸さやか)

別紙一〜五〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例